「孤独」と「悲しみ」は同義ではない

2011年05月28日

クリエイターについて

最近暇なんでよくMacにかじりついてるんですけど、楽しい。あっという間に時間が過ぎて行く。なんなのこれ。特にMacに初期搭載のiLifeがすこぶる楽しい。以前紹介したiWebもしかり。iLifeのすごいと思うところは、誰にでも気軽にクリエイター気分を味わわせてくれるところだと思うんすよ。アプリの完成度がむちゃくちゃ高くて、さらに管理ツールとしての役目だけで終わってないところに関心する。常に何かを発信することを前提として作られているところがすごい。例えば写真を管理ソフトのiPhoto一個とっても、それを管理するだけで終わってない。iMovieに書きだしたてすぐに簡単なスライドショーをDVD化したり、iWebに取り込んでwebに公開したりがきちんと最終目的におかれている。そのインターフェイスの優秀さもさることながら、スライドショーの音源、エフェクト一個とってもしびびびびびびれるかっこいい。iPoho,iWeb,iMovie,iDVD,Garege Band,etc,,,iLifeのどれをとっても捨てソフトが一個もない。こんなこと、Windows PCでは絶対ありえない。PCは購入したらまずどのソフトを捨てるか考えることから始めないといけない。新品なのにショートカットで無駄に散らかったデスクトップにはほんと辟易する。(つかあの吐き気を催すくらダサい壁紙なんとかしろよ!)次にPCを買おうとしてるヒトには絶対Macを勧める。つか他の選擇肢ないから困る。ただ、貧乏人で、全てのソフトやコンテンツを違法にDLして呑気に暮らしたいヒトは一生PC使ってればいいさ。とは思う思います。その辺Macだと辛いかもね。あ、あとPCでゲームするヒト。

なんだろう、昔は「クリエイターはMAC」みたいな時代があって、でもWindows PCにアドビ社が参入してから、そんなもう変わんねぇべっていう時代がずっとあったんだけど、今まさにまた「クリエイティブな作業するならMAC」の時代だと思う。それはつまり「クリエイティブな作業」が、もうクリエイターだけの仕事ではなくなったんだと思うんですよ。誰でも簡単に、素晴らしいコンテンツを、手軽に世の中に送り出せる時代になったんじゃないかな。その時代性を見事に捉えられているのはPCではなく、MACだと思う。地球人総クリエイターの時代が来た。高校生でも主婦でもデジカメを持っていて、オークションなんか利用したら一眼レフも簡単に手に入って、その編集も簡単で、公開するようなwebサービスが無数にあって、音楽がもっと身近になって、安く手に入って、小学生だってブログなんかで手軽に自分の趣味や考えていることを世界に公開できる。すごい時代だと思う。そういう世界の大きな流れに完璧にのっているのがすごい。これからアプリケーションを作成しようと思うようなヒトは、絶対にコミュニケーションとアウトプットの2点を外してはいけないと思う。もうこれなくしてソフトはソフトたりえないのではないかとすら思うよ。そしてこの2点は密接に結びついていて、ほぼ同義であると言っても過言ではないのではないか。アウトプットの最終目的が世界とのコミニュケーションになっていないと意味がない。そうじゃないものなんて、その時点でオワコンですよね。

もっと今まで凡人だと思われてた世界に閉ざされてたヒトたちの持ってる素晴らしいコンテンツを引き出すようなアプリが世の中にいっぱい出ればいい。隠れた天才がどんどん世の中に出て行く時代がきたよ。そしてそういうのは絶対アップル社から、もしくはアップル社を媒体として世の中に出るとおもう。TwitterやFacebook、pixivみたいなwebサービスを利用しなくても発信できる時代が来る気がする。何かをうみ出すことの快感に世界が気付き始めた。「え?この写真あのひとが撮ったの?意外だね!俺にもできるかな、、、、」っていうのがどんどん生まれればいい。誰にもできる。だからこそ、クリエイターはもっとそのはるか先を行かないといけないって思う。そこで止まってたら死あるのみだと思う。以前結婚式場で働く人と話した時に、そこのヒトが言ってた。最近、式場で流すDVD作成を自分でするヒトが多くて、お金にならない。商売にならない。写真を頼まないヒトが増えた。アルバムもいらないと言う。音楽を自分で選ぶヒトが多い。CDも自分で作ってくる。座席表を自主作成するヒトが多くてお金にならない。ブーケも自分で作るという。もう6年以上昔の話。
きっとそんなことでお金を稼げて、儲かっていた時代があったなんていうのが笑い話になる時代がもうそこまで来てる気がする。いや、きっと来てる。そんな時代に僕はいったい何をすればいいんだろうってすごく考える。職人が職人じゃなくなる。きっといつか服も必ずもっと手軽に作成できる時代がくる。パーツを選ぶだけで作成できるような時代が来る。その芽はもう既にある。そのはるか上で、やっぱりあいつの作るもの(コンテンツ)はすごいって言わせないと、クリエイターはもう食ってはいけない。コンテンツを発信する手助けをするか、技を磨いて飛び抜けるか、もうどっちかしかない。

消費の時代は終わったんだなぁって思う。生産の時代がまた来た。
不思議だなぁ。戦後の極貧の時代、この国は生産の時代だった。その後やがて豊かになると、消費の時代になり、それが飽和状態になると、人々はまた生産するようになる。テクノロジーがの発展が後押ししたってのはもちろんあるだろうけど、なんかそれだけじゃない気がする。もちろん戦後の生産と今の時代の生産とでは意味合いが違うんだろうけどさ。そういうサイクルっておもしろいなぁって思うよ。
そしたら今度はまた消費の時代が来るんだろうね。以前とは違った意味合いで人々が消費欲を満たしたいとおもうような時代が。いや、むしろもうそういう時代なのかな。消費欲を満たすために生産してのかもしらん。いとをかし。

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Nova Space/Time After Time (Techno Remix)
posted by ミグリン at 01:20 | Comment(1) | TrackBack(0) | 思考 はてなブックマーク - クリエイターについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

iWeb

例えば自分の子供の記録を残したい人とか、旅行や料理が趣味の人なんかで、ブログを作ったり、写真を公開したりしたい人でMacを使ってる人は全員iWebを使うべき。もう今現在、これがただ一つの答えです。僕は完全に気付いてなかった。ぐうの音のでないぐらい素晴らしいアプリです。感服する。アップル社は一周まわって「一生やってろ」と思います。
http://www.apple.com/jp/ilife/iweb/
ここでムービーが見れるのでどうぞ。
Macの初期搭載のアプリはほんとに素晴らしいものばかり。
posted by ミグリン at 03:37 | Comment(1) | TrackBack(0) | メディア はてなブックマーク - iWeb | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

5/migrin LISTERINE

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LISTERINEを始めた。僕あれじゃないですか、親知らずをぶっこ抜いたじゃないですか。結局切開せずに済んだんですけど、今も左の奥歯の後ろにでっかい穴があいてて、なんかご飯食べるとそこにすぐ食べ物がつまる。穴を埋める。歯磨きだとわりと強くやんないととれないし痛いんですけど、うがいを強くすると割とあっけなくとれるんですけどね、それ以上に消毒がけっこう大事らしくてお医者さんにリステリンでうがいすることを薦められたわけです。そいでまぁ産まれてこのかたリステリンを素通りしてたんですけど、やだなにこれすごい。すっげーまずい。僕はフリスク全般ああいう食べ物嫌いなんですけどすっげーあの味がする。ちょーにがい。ちょーまずい。なんならちょっと口ん中痛い。でも、すっげぇスッキリする。やばい。この感じやばい。
で、はまった。
今はどこに行くのもリステリン持ち歩いてます。会社行くのも遊びいくのもずっとリステリンといっしょ。一日に何回もくちゅくちゅやりたくなる。2〜3時間おきにうがいしてる。これなんなんすげーよ気持ちいい。一瞬世界一口の中が清潔になった気がする。みんなずるいなぁこんな気持ちいいことしてたのか感がハンパない。おれ親知らず抜かなかったらずっとリステリン童貞だったわ。今新時代の夜明けを見た。
最近はリステリンについてくちゅくちゅ調べることが趣味です。全種類ほしくちゅくちゅい。なんかリステリン歴の長い人に聞くとくちゅくちゅ毎年OSみたいにアップデートされてて、ぺーーっ!色が変わって行くらしいので、早く今のやつを消費してくちゅくちゅ新しいOSを僕の口にインストールしたい。待ち遠くちゅくちゅしい。とりあえず新作の紫色の6種類のくちゅくちゅ効果があるやつほしい。ぺーーっ!!!
posted by ミグリン at 17:16 | Comment(2) | TrackBack(0) | 1/migrin はてなブックマーク - 5/migrin LISTERINE | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

たとえ世界を敵にまわしても

どうでもいいことを少し。
「たとえ世界を敵にまわしても愛す(守る)」という台詞を漫画や映画などで時々みかける(さすがに僕が読むような小説にそのような台詞はまず出てこない)。昔神田うのさんが出ているCMでもそういうものがあった記憶がある。文法にとても違和感を感じる。
世界を敵にまわすのは相手なのか、自分なのか。主語が非常に不明確だ。
「愛す」は能動態なのでおそらく発言者だと思って間違いないだろう。
ここで疑問なのは「世界を敵にまわす」のは誰かだ。
主語が相手である場合、「あなたが世界を敵に回しても、私はあなたの味方だ。」という意味になる。心強い限りだ。
ところが主語が発言者である場合、「私が世界を敵にまわしても、私はあなたの味方だ。」という意味になり、とたんに迷惑きわまりない雰囲気がする。勝手にすればいいと言いたくなる。だがこれは文法的に正しい。(昔見た神田うのさんのCMはこの解釈だったように思う。発言者が実際に世界を敵にまわすというオチだった)
日本語の文の場合、一文節で動詞が二回出てくるような時は主語は変わらないと考えるのが正しい。
例えば「ご飯買ってきたら食べるね」という文章。買ってくるのも食べるのも自分だと解釈するのが常識的だ。それでもし相手が「買ってこいということかな?」と感じるなら、いい人もいたものだ。もしメールでこの文章を受け取ったら買えということか、自分で買うということか混乱するだろう。僕はしない。
受け取ったメールが「ご飯売ってたら買うね」という文章もありえるが、売るのと買うのは相反する行為なのでこの場合は主語が変わった事は明確だ。
「ゲームばっかりしてるとバカになるよ。」「タバコの吸い過ぎは体に良くない。」「仕事が終わったら渋谷に行く。」「世界を敵にまわしても愛す」いずれも文中で主語は変わっていないと考えるのが望ましい。
では質問。「世界が敵にまわっても愛す」となった場合はどうか。一見主語は世界だが、「愛す」は「敵にまわる」の対義語と考えて良いので、「愛す」のは当然世界ではない。では世界を敵にまわしそうなのは誰か。もうわからにゃい。

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Jennifer Lopez/If You Had My Love
posted by ミグリン at 01:45 | Comment(3) | TrackBack(0) | 思考 はてなブックマーク - たとえ世界を敵にまわしても | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月02日

海南島に行ってきたお

『中国のハワイ』と呼ばれる海南島にいってきたんですよ。もうほとんどベトナムの近くで、緯度がハワイと同じという南国なんですけど、まぁ島つってもあれです、地図見てもらえばわかると思うんですけど、大きさが四国とほとんど変わらんからね。あいつらスケール感がちょっとおかしい。台湾くらいあるもんね。んで男二人でのこのこ出かけた。ゴールデンウィークだし。その時の写真をちょっとアップしますー。つかあれです、ぶっちゃけ何回ゲイと間違われたかわかりません。リゾートに男二人で来てたらそりゃそうだよね。まぁいいです、そんなことは。

Sanya-Kenta3.jpg Sanya-migrin6.jpg
他の写真はこちら
一緒にいった友達と僕です。


まずは海なんですけどこんな感じでした。
Sanya-Beach1.jpg Sanya-Beach3.jpg Sanya-Beach6.jpg 
続きの写真はこちら
南国気分をご賞味ください。

そんでまぁリゾートなんですから夜は夜で、白人が集まるようなクラブ的なところがあるのかと思って、街の方までくりだしたんですけど、これは完全に失敗だった。どっからどうみても中国で、ビーチにあれだけいた外国人はひとりもいない。つかもう治安すらあんま良くない。チャイナ・オブ・チャイナだった。
Sanya-City10.jpg Sanya-City4.jpg
続きの写真はこちら
ゲットータウンの雰囲気をご賞味ください。

まぁそんな感じで楽しい2泊3日でした。
もう1日くらいあったら最高だった。プールサイドとビーチでごろごろして、夜は部屋でPSPでモンハンしてました。
こういうゆっくり過ごすバカンスも良いと思う。夜どこかに出かけなければ(出かける場所がない)、ほんとゴロゴロ過ごす、正しいバカンスが過ごせます。あとホテルのプールが夜10:00まで入れるのも良かった。
あー体痛い。日焼けこわい。



あ、最後に海南島で見つけたいかれた奴らを紹介します。
Sanya-Funny2.jpg Sanya-Funny3.jpg Sanya-Funny1.jpg
完全にいかれてます。
posted by ミグリン at 01:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - 海南島に行ってきたお | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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