「孤独」と「悲しみ」は同義ではない

2011年07月28日

やっとわかった

孤独なことは不幸なことだと思っていた
でも違った
孤独を飼い慣らすことができた時見える世界が変わった

刺激のない人生なんてつまらないと思ってた
飢えた目をしていつも何かを追いかけてないと死んでしまうと思ってた
でも違った
静かに目覚め、朝陽にたゆむカーテンの隙間からのぞく夏の香りをかぐことも
階段を下る硬い足音も、冷えた手すりの錆びた匂いも、よく笑う友の白いシャツが眩しく返す日差しも、瑞々しい果実を口にすることも、轍を越えるタイヤの滑稽な笑い声も、ふしだらな微笑を投げかける街角の娼婦も、熱いシャワーのあとに顔を埋める渇いたタオルの匂いも真っ暗な世界もその平穏も、
みんなみんな僕が気づいてないだけだった

生きていくことは苦しみを乗り越えていくことだと思ってた
でも違った
生きていくことは、生きていくこととは見つけていくことだった

僕はひとりだと思っていた
でも違った
僕は僕とこの人生を共有していた
ずっとずっと、僕は僕と一緒だった
今日僕はやっと僕の存在を見つけた

本当の不幸は自分の存在に自分が気づいてないことだとわかった
posted by ミグリン at 01:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | 静かなもの はてなブックマーク - やっとわかった | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

アートとデザインについて

一応職業は何かと聞かれたらデザイナなのでたまにはそれっぽいことも。
よくアートとデザインを混同している人がいる。
アンディ・ウォーホールの版画を見て「デザインが好きだ」と言ったり、斬新でモダンな高層ビルを見上げて「アートだ」と言うわけである。間違っているわけではないが、本人がどの程度その二つの違いを認識しているかというとあやしい限りだ。

最初に結論を述べるが、僕個人はこの二つは全く違うものだと考えている。
かといって相反するものというわけではなく、互いが見事に融合した素晴らしいものも世の中には数多く見受けられる。

僕が思うに、「アートは提案で、デザインは提供だ」と思う。
これは服飾の専門学校時代に至った考えだが、今でも僕がデザインをする上で一つの目安になっている。
当時、パリコレやミラノコレクション等の世界の一線で活躍するデザイナに対して何か漠然とした違和感のようなものを感じていた僕は、服飾の世界でデザイナとして生きて行く決心はついていたものの、いったいどのようなデザイナになりたいのか結論を出せずにいた。
その時に思い至ったのがこの考えだった。
あの人達が作って発表している服は全部提案だ。こういうのはどうですか?これはいいアイデアでしょう?来年はこういう装いはいかがですか?これはアートだ。画家が自分の考えをキャンバスに描くのと変わり無い。自分にアートの才能は無い。きっとあの人達と戦っても勝てることはないだろう。それに、あの人達はきっと自分の作品が世の中に認められないと「所詮オナニーだから。」と言うだろう。「感覚が鈍った。」「老いた。」というのだろう。失敗しても「楽しかったから良かった」と言うだろう。失敗したときに、失敗原因を考える時に、見直すプランを持って仕事に挑みたい。手探りは嫌だ。僕は、こういうものが欲しい、こういう服を着たい、と思っている人達に洋服を提供したい。提案よりも提供で人々を喜ばせたい。素晴らしいと言わせたい。
当時既に共感を集めることに興味はなかった。自分の感性に賛同を得られるまで頑張り続ける根気も自信もなかった。
欺瞞かもしれないが、欲しいと思っている人に欲しいものを供給したいと思っていた。
ゴールが見えている方が簡単だと思ったし、そのためなら粘り強くなれると思った。
流行を作る自信は無かったが、ニーズに答える自信はあった。

アートとは便利な言葉だ。敬愛するkubomi君が以下のようなことをおっしゃっている。
話が変わるが、私は内田裕也の言うところの「ロック」が好きで仕方ない。あるいは「森高千里はロック」だとか、「けいおんはロック」だとか言ってしまう連中が大好きだ。自分の溢れ出す感情、愛、欲望をすべて「ロック」という容器に入れてしまって正当化する奴らは愛らしい。いったん「ロック」という箱に入れば、片思いは倒錯する。これはしばしば「アート」にも当てはまる。「これがアートだ」と言えば、アートに愛され、またアートを愛するという妄想によって、アートを介した双方向の恋がでっちあげられる。これは愛くるしい。

目の前にリンゴがある。そこに鉛筆をぶっさして、その真っ赤な果実から男根の如くそそり立つ木の棒を指さして「これがアートだ」と言えば、とたんにそれはアートへと様変わりするような錯覚を受ける。いやそれは錯覚ではないのかもしれない。そう言うならそれはアートなのだろう。それがロックだと言えば、それはロックなのかもしれない。だが、それは決してデザインではない。その向こう側に人がいないからだ。
ドラム缶をバンっと叩いて、これがロックだ!と言えばそれはロックなのかもしれない。でもそれは果たして音楽であろうか。
昔ロックは、音楽に内包されるひとつのジャンルであった。しかし今やその概念はその母体である音楽を抜けだしてひとつの魂の表現方法へと姿を変えた。カルチャーの誕生だ。
アートはカルチャーだ。デザインに内包されるものでもないし、相反するものでもなければ、同次元のものでもない。
そして、下北沢や高円寺界隈に無気力たむろする人達がしばしば勘違いするようにカルチャーがアートなのではない。

僕は昔芸術大学に進学したくてアトリエに通っていたことがあるのだが(ちなみにアートに対する自分の能力の限界をそこで僕は知った)、そこで教わったことは「世の中にデザインの無いものは無い。」ということである。非常に興味深い考察だ。この考えは長く僕の物を観察する時の指針となった。
車、自転車、鉛筆、シャンプーのボトル、洗濯機、ノート、すべてのものにデザインはある。その通りなのかもしれない。
しかし今では少し違った考えを持っている。
デザインとは何か。本当にあの信号機にデザインはあるのか。この消しゴムにデザインはあるのか。
デザインとはなんなのか。デザインするということはどういうことなのか。
これは非常に難しい問題である。
前述のように、ただ漫然と提供することがデザインだとは思っていない。
最近になってひとつ思うのは、デザインとはプロセスなのではなかろうか、ということだ。

ここに一つの動画を紹介したい。
見事にアートとデザインが融合されている素晴らしい映像だ。
僕がデザイナーとして、これだけは忘れないようにしよう。デザインの本質ってこういうことだな。と思うことを見事に表現した動画であると言える。
「ストックホルムの地下鉄の階段をピアノの鍵盤にしたら66%の人が階段を利用。」


目的のための過程。
客入りのための広告、利便性のための家電製品、快適性のための、美容のための、自己表現のための、環境保護のための。そういった諸々の動機へのアプローチこそが、プロセスこそがデザインではなかろうか。
誰も考えたことのないことを考えることがデザインではない。
何か目的があって、その為に誰も考えたことのない方法で、もしくは誰も実現できなかった方法でアプローチすることが新しいデザインをするということなのではないか。
革新とは結論だけを指すのではない。
昨年と同じ1000円のTシャツをつくるのに、誰も考えつかなかったような方法で、コストを半分にし、納期を1ヶ月縮め、素晴らしいプロモーションを考え、昨年の2倍の利益を会社にもたらし、昨年よりもたくさんの人の満足を得ることに成功したら、それは革新的なデザインをしたということだ。
そして我々の仕事はそういうことを考えることだ。
何も上っ面の形のかっこよさを考えることだけがデザインではない。

長い間デザイナという職業にいると、たまに人から「どうやったらデザインが浮かぶの?」「どうやったらデザイナになれますか?」と言う質問を受ける。
デザイナになりたいのであれば、デザイナへの道をデザインすることから初めてはいかがだろうか。
posted by ミグリン at 22:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思考 はてなブックマーク - アートとデザインについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月09日

adele

191t.jpg
最近新しい音楽情報を仕入れるのがとても困難で、なかなか僕のiTunesのライブラリが増えないんですけど、そんな中でもこれは良かったっていうのがadeleさんです。
声がすばらしくいいですね。久しぶりに「うわー!こりゃあかん、本物や、本物やでー!」っていう白人歌手です。
そいでまぁ、日本でadeleさんがどんくらい流行ってるのかもわからんし、もしかしたらすげーブーム去ったあとで「え?今更?」って感じかもしれんですけどとにかくまぁ、僕的には良かったです。
ていうのもさっきふと思いついてiTunes Store行ったみたらadeleさんのライブ音源特集やっとった。
ので完全に乗り遅れた感じかも知れません。
もしそんな雰囲気だったらそっと教えてください。
でまぁ、僕がそんな中でも特に好きな曲がこれです。
『Set Fire to the Rain』


198t.jpg
まぁ、見た目は完全に太ったおばちゃんなんですけど、まだ23歳です。
ちなみにアデルではなくエイデルです。
僕的に、見た目太った白人のおばちゃんで、こいつ歌唱力あるしカッキーなぁっていう人がもう一人いて、それはThe Gossipのボーカル、ベスさんなんですけど、adeleさんを初めて見たとき彼女を思い出しました。
The GossipのHeavy Crossはむちゃくちゃかっこいいので一回聞いてみてください。


改めて思います。この曲はむちゃくちゃかっこいい。
でもベスこえぇ。食われそう。
でもすげーロック。
でもこえぇ。
でもベスかっこいい。
これはなんなんだろ、ガリッガリのユアン・マクレガーがトレインスポッティングの時すげーかっこ良かったのと似てる。
posted by ミグリン at 02:14 | Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 はてなブックマーク - adele | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月06日

僕のタクシー

寂々とした夜をまたいで歩く靴の音は重く
煌々としたヘッドライトに照らされて目を細め
凛々とした風に爆ぜる憂鬱のタクシー
揚々と乗り込んでも行き先は無い
諾々として徘徊するだけのこの街で
徒然とした静寂だけが身を焦がす
恍惚とした表情の老婆
揚々とした笑顔の少年
閑散とした終わりのネオン浴びながら
鬱蒼とした暗闇を抜けて駆ける駆ける、駆ける

どうかこの僕を、奪い去ってはくれないか
『世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる』
つぶやいて少し笑う

Cafe-Del-Mar-Vol-7-Delantera.jpg
Slow. Pulse Feat. Cathy Battistessa/Riva
posted by ミグリン at 02:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 静かなもの はてなブックマーク - 僕のタクシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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